仁科亜季子4度のがんと闘病の歴史まとめ!現在は寛解?再発は?

4度のがんを経験した
がんサバイバーとして知られる
仁科亜季子さん

東日本大震災の時に
しきりに流れた
日本広告機構のCMで
その闘病を知った私ですが

4度もがんを経験したとは
なんということでしょう

がんは死なない病気になったってこと?

がんも死なないがんもあれば
あっという間に逝ってしまう人もいて

いろいろですが

仁科さんの経験したがんは
どんなものだったのか

まとめてみました

仁科亜季子1度目のがん

病気の解説は
がんの治療法詳しく知りたいHPより

1991年 38歳の時子宮頸がん

ステージ

そのステージはⅠB期組織型は悪性度の高いものだったそう

ステージⅠBというのは
「がんは子宮に限局的で隣接する組織に広がっていない」
「肉眼でわかるくらいにがんが大きい」
という状態

もちろん転移もない

ただがん細胞の性質は悪性度が高い
すなわち
どんどん進行するタイプ

ということで1日も早く治療を始めないと!!

ということです

治療

『IB期以降では、「広汎子宮全摘出術」を行います。
この場合、リンパ節郭清も同時に行います。』

ステージⅠでも子宮全摘以上の広い範囲をとるんですね
リンパ節も・・・

たくさん取ればそれだけ後遺症が残ります

子宮だけでなく、基靭帯と膀胱子宮靱帯(膀胱と子宮をつなぐ組織)、腟も数cm程度切除します。そのほかにも子宮の周りにあるリンパ節を切除する「リンパ節郭清」も行われます。

広範囲に切除を行うため、膀胱や直腸に関連する神経が広範囲に切断される場合があり、術後に排尿のトラブルなどが起こることがあります。また、リンパ節郭清の影響で、リンパ浮腫が起こる場合もあります。

仁科亜季子は術前に抗がん治療
術後に放射線治療までしています

よほどがんの悪性度が高く
再発のリスクが高いと判断されたのでしょう

抗がん治療は「全く経験のない、想像を絶する苦しみ」
だったそうで

3分も間を置かずに嘔吐を繰り返し
髪がごそっと抜け落ちた時
言い知れぬ恐怖とあまりの衝撃に
体がガタガタと震え、涙がこぼれました

怖いですよね
体の痛みとか辛さもきついけど
それは耐えるしか無くて

でも感じる恐怖っていうのは
なかなか耐え方がわからないんですよね

手術も思っていたより広範囲に及ぶし
余計に不安な気持ちが押し寄せてきます

こういう部分が
癌になった人たちが
がんサバイバーと呼ばれる人たちの講演を聞きに行って
勇気をもらってこないと
病気に立ち向かえない理由なのだと思います

一人じゃ抱えられないくらいの
恐怖なんでしょうね

術後に受けた放射線治療も28回

手術の後遺症

更年期障害

卵巣をとったことにより
突然ホルモンがなくなるわけです

徐々に女性ホルモンが減ることによる
更年期障害だって
結構大変なことですが

その10年くらいかけて起きる変化が
一気にやってくるわけですから

きついですよね

排尿トラブル

手術により排尿に関係する神経を切断するので

  • 尿がたまった感じがわかりにくい
  • 尿を出しにくい・残尿感がある
  • 尿がもれる など

起きます

これは人には言えないですし
自尊心を大きく傷つけますよね

足のむくみ

リンパ節をとってしまうと
足のリンパ液が停滞して
むくみがおきます

ひどいと象の足のようになってしまうことも

通常加圧タイツやマッサージで
対応しますが

足のだるさや重さは
足がむくむ経験をしたことがある人なら
結構辛いですよね

C型肝炎感染

手術の際の輸血が原因でC型肝炎に感染したようです

これは後遺症とはいわないですが
医療事故というのかしら

こんなことってあるのですか?

これって1990年代だから?

まさか今の輸血でこんなことにはならないですよね?
怖すぎる・・・

寛解治癒

手術から5年で寛解治癒

子宮頸がんに関しては再発も転移もせず
治癒したと言えます

でも摘出してしまったものや
手術で起きたことは元には戻りません

特に排尿障害とリンパ浮腫は
ずっとつきあいた必要になりました

仁科亜季子2度目のがん

99年 46歳の時 胃がん

粘膜下腫瘍(しゅよう)という良性の腫瘍があったのです。それが毎年検査をしていたのですが、いろいろなトラブルで、二年ほど検査をしていませんでした。その間に悪性になっていたらしく、手術中に細胞を検査していただいたら「これはまずい」ということで、もう一回開いてその腫瘍と、周りの胃と転移の可能性がある脾臓(ひぞう)を取っていただきました。

朝日新聞デジタルより

胃がんの情報はこれ以上ないので
ここからは上記より推測

ステージ

「胃と食道のつなぎ目にわりと大きなもの」

があるのがわかっていたそうです

胃だけでなく脾臓もとったということは

遠隔転移もリンパ節転移もないけれど
胃の漿膜面近くまで腫瘍が来ている状態

発生が通常の胃がんでは粘膜からですが
もともと粘膜下の腫瘍のがん化

細胞の顔をみたら悪性だったので
慌てて組織の浸潤があるかもしれない範囲を大きく取って
接していた脾臓も取っておいたということですよね

多分一緒にリンパ節も取っていると思いますが
その後の抗がん治療などがなかったので

転移もなかったのでしょう

そういうわけでステージⅠでしょう

治療

胃の3分の1と脾臓を切除

後遺症

胃が小さくなりますから食が細くなります

「その後は、食べられなくて、46キロの体重が39キロ。
風が吹くとふらっとする感じでした」

仁科さんは今もスリムで痩せていますが
今はもう少し食べられるようになっているでしょうね

寛解治癒

こちらも5年は寛解治癒といっていいでしょう

仁科亜季子3度目のがん

2008年 55歳の時 小腸にGIST
消化管間質腫瘍と呼ばれるものです

がんではなく肉腫とされていますが
悪性腫瘍ではあるようです

ん?

がんと肉腫はその由来となる細胞が
上皮系か非上皮系かの違いだそうです
上皮系の悪性腫瘍が狭義のがんで

結局は悪性腫瘍ということで
広義のがんと同じですね

ステージ

この腫瘍は悪性だけど
周囲の組織に及ぶこと(浸潤傾向)が少なく
リンパ節転移も非常にまれ

なんですって

なのでステージ分類はありません

でもショーケンこと
萩原健一はこの病気で亡くなったので
良性腫瘍ではないのでしょうね

仁科亜季子はこれまた初期のうちに見つかったのでしょう

治療

外科手術で小腸を切除したそうです

小腸は長さがありますので
病変の前後で大きめに切ってますね

それ以外の治療も行われたという
情報は見つかりませんでした

後遺症

 

腸管の手術では
術後の癒着による腸閉塞が起きます

2013年 腸閉塞と虫垂炎の手術を受けています

「外科手術で最も多い合併症が〝癒着〟。臓器同士が貼り付いた状態のことで、これが腸管で起きると腸閉塞の原因となります。腸閉塞は手術の成否とは関係なく、どんな名医が執刀しても一定の確率で現れる症状。仁科さんの腸閉塞は、完全に詰まるタイプではないものの、痛みや吐き気に発熱を伴い、年に2~3回、入院治療をしていました」

腹腔鏡下で癒着をちまちまと丁寧に剥がす治療を受けたそうです

なんて大変なんでしょう

腸閉塞は猪木もやってます↓

アントニオ猪木は入院中になぜ腸捻転で手術することに?さらに激ヤセ!画像を確認

寛解治癒

こちらも寛解治癒してます

仁科亜季子4度目のがん

2014年 大腸がん

ステージ

大腸がんのステージは
0〜1(低浸潤)であれば
腸の内腔から内視鏡で手術できるようですが

腸を切除しているので
ステージⅠ(高浸潤)以上です

遠隔転移はしていないと思いますが
リンパ節転移があればステージⅢ

ステージⅠ(高浸潤)〜ステージⅢ

と言ったところでしょうか

治療

全長1.5mの大腸の
約20センチを切り取った

ということはわかっていますが
高がん治療や放射線治療を受けたのかどうかは
情報が見つけられませんでした

後遺症

大腸の手術部位によっては
人工肛門になることもあります

仁科亜季子はそこまでは明らかにしていません

もしそうだったとしても
なかなか公表できるものでもありませんよね

あーでも今回大腸の内視鏡検査を受けるニュースが出てましたね

なので人工肛門にはならずに済んだのかもしれません

寛解治癒

これももう術後6年立ちますので
寛解治癒ですね

2021年現在

名前:仁科 亜季子 にしな あきこ
本名:仁科 章子
生年月日:1953年4月3日
出身地:東京都
身長:158cm

お嫁さんにしたい女優さんと言われた通り

可愛らしいですね
68歳になった今でも
とってもかわいい

68!!?

全然見えない〜

3回のがんと1回の肉腫
で腹腔内の臓器は少し減りました

癒着による腸閉塞と
虫垂炎の手術も受けました

お腹にはいっぱい傷があるねきっと

よく頑張った

すべてのがんの再発も転移もなく
すべてのがんが治ったと言える状態です!!

本当に運がいい!!

サバイバーとなる運命だったとしか言いようがありません

現在はがんサバイバーとして
講演活動を行っているそうで

沢山の人達に

気づきと勇気を与え続けています

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まとめ

すごいね

治ってよかった

本当に

無理せずに
大事にしてほしいと思います

最後までお読みくださり
ありがとうございました

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